【連載】内部監査におけるAIの活用
第1回●内部監査のパラダイムシフト

生成AIが変える業務の課題と機会
コントロールソリューションズ株式会社 代表取締役社長:佐々野未知

はじめに(連載の趣旨)
ChatGPTの一般公開から約3年が経過し、2025年10月現在、生成AIは内部監査の現場にも確実に浸透しつつあります。監査調書のドラフト作成、リスク評価シナリオの洗い出し、膨大な契約書レビューなど、従来は監査人の経験と時間を要していた業務が、AIとの対話を通じて劇的に効率化される時代が到来しました。しかし、「AIを使えば何でもできる」という過度な期待と、「ハルシネーション(誤情報生成)や情報漏洩が怖い」という慎重論とが交錯し、多くの監査部門が活用の第一歩を踏み出せずにいるのも事実です。

本連載では、内部監査人が生成AIを「実務の最良のパートナー」として活用するための実践的な知識と技術を、全12回にわたってお届けします。基礎となるAI技術の理解から、監査計画・リスク評価・統制テストへの具体的適用、さらにAI活用に伴う新たなリスクへの対応まで、理論と実践の両面から体系的に解説していきます。

1.内部監査を取り巻く環境の変化とAIへの期待
内部監査部門は今、かつてないほど複雑な課題に直面しています。2025年10月現在、財務報告、業務効率性、法令遵守に加え、ESG対応やサイバーセキュリティ、サプライチェーンリスクなど、監査対象の範囲が広がり続けています。

従来からの構造的課題として、膨大な文書作成業務の負担が挙げられます。監査計画書、議事録、報告書などの作成に時間を費やした結果、本来注力すべき分析や評価が圧迫されています。また、専門知識の属人化により、特定の担当者に依存する体制では、異動や退職で監査品質が低下するリスクを抱えています。さらに、人手によるデータ分析の限界から、巧妙化する不正の早期発見が困難になっています。

このような状況の中で、生成AIは内部監査業務の根本的な変革をもたらす可能性を秘めています。単なる自動化を超え、AIは監査人の思考を補助して視点を拡げ、人間では気付きにくいリスクパターンを抽出できます。2024年以降、ChatGPTやMicrosoft Copilotなどの生成AIツールは業務での利用が増え、一部の企業では監査計画作成やリスク評価、文書分析などでの活用が始まっています。

2.生成AIが内部監査にもたらす業務の「三大変革」
生成AIは「知的業務の拡張装置」として、内部監査業務の質を変えつつあります。これまで属人的・手作業中心だった監査業務に対し、思考の補助、文書作成の効率化、品質の標準化という三つの方向から変革をもたらします。

3.知的活動の思考支援・創造性補完への拡張
生成AIの最大の特徴は、監査人の思考プロセスそのものを支援できる点にあります。例えば、新規事業のリスク評価を行う際、AIは業界動向、過去の類似事例、規制環境などを瞬時に分析し、人間が見落としがちな潜在的リスクの視点を提示します。

具体的には、製造業の在庫監査において「在庫の評価減リスク」という従来の視点に加え、「サプライチェーン途絶による機会損失リスク」「ESG観点での過剰在庫による環境負荷リスク」など、多角的な分析視点をAIが提案することが可能です。また、監査チェックリストの作成では、業界特有のリスクや最新の規制要求を反映した項目を自動生成し、経験の浅い監査人でも網羅的な監査を実施できるよう支援します。

従来は熟練監査人の「勘と経験」に依存していた判断領域において、AIが複数の選択肢と根拠を提示することで、より客観的かつ創造的な意思決定が可能になります。

4.ドキュメント処理の劇的効率化
監査業務の大部分を占める契約書レビュー、証憑調査、メールや議事録の分析など文書作業は、生成AIの登場で劇的に効率化しています。最新の事例では、IPO準備企業がAIを活用し数百件の契約書レビューを短期間で完了させる、海外子会社の現地調査で異常値の自動抽出により業務品質が大幅向上するといった成果が報告されています。

AIは文書の要約、条件抽出、矛盾検知といった細かなタスクを自動化し、人間が本質的な確認や判断に集中できる環境を提供します。今や監査部門の9割以上がデジタル化・AI分析を戦略目標として取り組んでいると、コンサルティング大手・Deloitteは「内部監査におけるデジタルとアナリティクス調査 2025」で報告しています。

5.監査品質の底上げと網羅性の向上
内部監査の質は、長らく熟練監査人の経験と、限られたリソースによるサンプルベースの検証に依存してきました。生成AIは、この「属人化」と「網羅性の限界」という構造的な課題を打破し、組織全体の監査品質を底上げします。

第一に、品質の標準化と客観性の向上です。また、AIは一定の客観性をもって分析を行う一方で、データやモデル設計に起因するバイアスが残る可能性もあります。そのため、人間による最終確認が不可欠です。

第二に、網羅性の劇的な向上と高度なリスク洞察です。従来の監査手続きでは発見が困難であった、不正リスクや潜在的な問題を早期に検知できるようになります。特に一部の先進的な企業では、財務データの異常検知や不正取引のリアルタイム監視(継続的監査/モニタリング)にAIを活用する動きが見られます。AIは、人間が見落としがちな視点を補完し、監査の質とカバー範囲を劇的に拡大します。

6.生成AI活用の落とし穴とリスク管理の重要性
生成AIの可能性は大きい一方で、内部監査業務では特有のリスクへの対応が不可欠です。

最も深刻なのがハルシネーション(誤情報の生成)のリスクです。AIは存在しない判例や架空の監査基準を提示することがあり、2023年には米国で弁護士がChatGPTの架空判例を引用し、裁判所から制裁金と厳重注意を受けた事例も報告されています。 

情報漏洩リスクも重大です。公開版の生成AIサービスに機密情報を入力すると、外部サーバーに送信されるため、情報漏洩リスクが生じます。社内専用AI環境の構築、利用ログの監査、データマスキングの導入が推奨されます。
さらに、過度な依存による思考力低下やコンプライアンス・倫理リスクにも注意が必要です。AIはあくまで補助ツールであり、専門的判断は人間が担うという明確な役割分担が重要です。

7.まとめ
今回は、「内部監査のパラダイムシフト」と題して、生成AIが業務にもたらす課題と機会について解説しました。従来の監査業務が、リソース不足や複雑化するリスクへの対応に限界を感じる中、生成AIは監査部門に、業務のあり方を根本から変える三つの変革をもたらします。

三つの変革とは、知的活動の拡張、ドキュメント処理の効率化、監査品質の底上げです。生成AIは監査人の思考を補助し部門価値を高める一方、ハルシネーションや情報漏洩といったリスクもあるため、リスク管理とガバナンスの構築が不可欠です。

8.次回予告
次回、第2回は、「内部監査人が知るべき生成AIの基本構造と主要ツール|ChatGPT、Copilot、Geminiの比較」と題し、内部監査人が業務に利用する上で必須となる生成AIの技術的な基礎知識、そして主要なツールの特徴と強みを徹底的に比較・解説します。どうぞご期待ください。